アルペンスキー女子最後の種目、スラロームはミカエラ・シフリンの圧勝でした。
今朝のソチ山間部は雨。
「ありゃまー」と思いながら早めにロサフートルに着くと、小降りになり、レース開始前には雲の隙間から青空ものぞきました。
今日1本目の撮影ポジションはコース後半のでこ。19番スタートのカナダ選手が片反したところで撮っていました。
7人ほどのカメラマン集団から少し後方で撮っていたので、ちょっと選手のうしろにでも映っていたら、わかりやすかったかもしれません笑。
銀にはマリス・シールド、銅はカトリン・ツェッテルとアルペンスキー大国が両脇を固めました。
でもやっぱり、スラロームに日本人選手がいないのは少し寂しかったです。加えて、コース内のカメラマンも日本人は、というか東洋人は私だけ。「あれ?薬師さんは??今日も真央ちゃん撮り??」って感じでした笑。
女子のレースの前には男子の練習を撮影しました。(共同通信伝の写真です)
久々に我が心のヒーロー、湯浅直樹と再会。二人だけで少し話しました。
「(クラニスカ・ゴラと最終戦につなげる意味で)15位以内のポイントを狙いにいく手もあるよ」と無理をしてほしくない私に「いや、出るからには勝ちにいきます」と「彼らしい」返事。
そして「どんなに痛くても、もう今から(怪我した箇所の)骨が折れることはありませんから」と笑顔。
「おーい!どんだけ痛いんだよ!今!!」って突っ込みたくなるお返事でございました。苦笑
おととい術後初めてスキーを履き、今日初めてポールに入り2日合計で10本も滑っていない、骨折をした1ヶ月ブランクのある選手に多くを望むのは酷というもの。
しかし、今まで幾多の逆境を自らの力で乗り越えてきた湯浅直樹。
2012年12月18日、満足に歩くこともままならない腰痛を抱えながらのマドンナ・ディ・カンピリオでの3位表彰台。
4年前はウェンゲンでのオリンピック選考レースで出場枠から漏れ引退も考え、その後奮起。バンスコヨーロッパカップで2連勝しほとんど寝ないまま移動後、キッツビュールに出場して15位、翌々日のシュラトミングで8位。バンクーバーオリンピックには出場できなかったがそのシーズンの日本人最高成績を残した。
さらにその4年前にはトリノオリンピックに初出場し39番スタートから7位入賞の快挙。
湯浅直樹はいつも大ピンチを跳ね返し、誰もがあっと驚くような結果を残してきた。
だからこそ、彼に魅了される人が多いのだと私は思う。
明日も本人は「金メダル」を狙いにいく。常々語っている「世界一」になりにいく。
昨晩の浅田真央選手に涙した多くのひとたちも、明日は湯浅直樹に大きな勇気をもらえることでしょう。
そして、明日の湯浅直樹の滑りは、あなたの心の奥底にあらたな希望の光を灯すでしょう。