アルペンスキー撮影記

毎冬、ヨーロッパアルプスを中心に行われるアルペンスキーワールドカップの魅力を紹介していきます

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皆川賢太郎 現役続行記者会見

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今日17時30分、皆川賢太郎の「現役続行記者会見」が渋谷、岸記念館3階の記者室で行われました。

SAJの予想を上回るテレビ局と記者の数で、とても窮屈な空間での記者会見となりました。

賢太郎が時間の少し前に姿をみせて話始めたとき、

「現役続行を発表するだけなのに、どうしてこんなに緊張しているのだろう」と私は感じました。

その緊張した話し振りは19分30秒の会見の最後まで変わりませんでした。

私の主観はここまでにします。以下、私のiPhoneで録音した会見のやりとりを必要ないと思う質問まですべて記します。

 

「本日はお足下の悪いなか、お集りいただいてありがとうございます。アルペンスキー皆川賢太郎は、みなさんへの、今後の去就を自分の口からしっかりと伝えたいと思って集まっていただきました。

私もいろいろな思いがあって、今後も現役を続けたいと決心しました。思いとしてはやはり、目標としてソチオリンピックで、しっかりとベストな状態でもう一度臨みたいという気持ちがあって、4年間をかけてしっかりやっていきたいと、そういう意気込みでまた現役を続けることを決めました。

 

司会役の女性「本人の口からは以上になるんですけれども、あとは質疑応答のほうでいろいろとお話させていただければなと思っております。何かご質問のある方、挙手をお願いします。」

「TBSのなになにです。よろしくお願いします。」

賢太郎「よろしくお願いします。」

「続行を決められたということですが、いつ決められたのでしょうか?」

 

「やはり、オリンピックですごく短い時間での競技と、あとはかなり悔いもたくさん残ったので、もう一度自分の身体をチェックしてから、この1ヶ月半でドクターとも話し、トレーナーとも話してきて、もう一度自分でしっかりとやれる身体なのかということを判断していただいてから、自分の気持ちとしてはもちろんオリンピック後にもあったんですけど、なかなか、やるからには、競技を続けるということに関してはトップを目指せる身体であってほしいと自分でも思うので、そういう意味ではしっかりと自分以外の判断材料を揃えてからということで、今日に至りました。」

「それはケガをしたあと、回復の具合をみてということなんですか?」

「やはり、片足のケガのときと全く違ったのは痛みがずっと消えなかったことと、オリンピックに出る以上、弱い部分を見せるというわけにはいかないので、とにかく、そのなかでできることを、ベストな状態でというふうにやっていたのですが、なかなかその部分がうまくいかずに、もう一度しっかりと時間を使って、4年でオリンピックの、自分の競技はかなりリスクも高いと思うんですけど、もう一度4年間を使って挑戦できるようならばと思って、そういう意味で、そうですね、ケガがないというのがたぶん一番、今ケガしていないということが、今一番やり続ける理由だと思いますけど。」

 

「現役続行を決められた、一番の要因というのは?」

 

「自分としては、一番はバンクーバーに臨むときに、トリノが終わって4位という結果、自分ではとにかくメダルを獲りたいという意思でバンクーバーまでやったんですけど、その間にほんとうにケガもそうですし、父親のこともそうですし、もちろんいいことで結婚というのもあったんですけど、少し、競技に対してなかなか没頭するというんですかね、しっかりと時間を使ったなかで競技に準備できなかったということもあって、プラス結果としてあまり良くなかったので、とにかくそれを超えたいというか、自分の人生で与えられたこととして、自分のなかでですけれどもね、超えたいなと思っているので、それが一番の気持ちですね。」

 

「このことについて奥様と何かお話をされましたか?」

 

「実はうちの妻には閉会式終わって、飛行機のなかで、僕はできれば続けたいということを伝えて、そのためには、ほんとにちゃんと出来る身体なのかをチェックしたいということを伝えて、彼女はとにかく応援しますということを伝えてくれました。」

 

「代表(質問)は以上で終わります。」

「ほかになにかご質問のある方は?」

「フジテレビのなになにです。」

「ベストカップル賞、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

 

「上村選手と2人でいっしょに旅行とかしたいことはあると思うんですけど、何か2人でしたいことはありますか?」

 

「今、今年1年というのはなかなかワールドカップに参戦というよりは日本でしっかりと身体をもう一度戻すということに使いたいので、そういう意味では2人の時間というのはあるとは思うんですけど、なかなか、2人でやりたいことは、2人で過ごせる時間があればそれで十分だと思ってます。あとは結婚のことをちゃんとしっかりとやりたいなとは思いますけど。」

 

「結婚のことをしっかりというのは結婚式をあげるとかそういうことですか?」

 

「そうですね、どのような形になるかはわからないですけど、しっかりと、人生一回のことなので、しっかり考えながらやりたいと思います。」

 

「いま、今シーズン国内中心というお話しがあったんですが、まずソチに向けて初年度という形になると思います。ポイントの問題とかいろいろと関わってくるかと思うんですが、そこまでの道のりと言いましょうか、ソチに向けての道のりの初年度ということと世界選手権もふまえて、今年のシーズンはどういう選手としての活動というんでしょうか、動きをされるんでしょうか?」

 

「そうですね。現に僕は8年間のあいだに2回ケガをしていて、ポイントが今と同じほどランキングが下がってしまうことはもう経験ずみなので、自分がどれくらいの時間でどれくらい世界のトップまで戻れるかというのはある程度逆算はできるんですが、初年度というのは日本のシリーズをしっかりとまずまわるということと、今までのように海外遠征をずっと繰り返していくなかで、ひざの状態がやはり、非常に酷使してるというか、そういうところもあるので1年間は国内のレースと、できればアジア大会に選ばれればしっかりと出て、数字を残したいとは思っています。

2年目以降はやはりヨーロッパに戻ってヨーロッパのツアーに参戦していきたいとは思っています。」

「さきほど、ソチでベストの状態でというお話でしたけれども、それは自分で満足する滑りができればそれでいいのか、それともやはり結果を求められるのか、そのあたりはご自身、どう考えていらっしゃいますか?」

 

「そうですね、やはり現役を続けるということはトップを目指す状態に自分でもっていく努力はやはりしたいなとは思ってますし、先日、北島選手も復帰して、ああいうのはすごく力になるし、特にオリンピックから帰ってきてからは柔道の野村さんだったり大畑大介さんだったり、最近はよくほんとに連絡をとって、チームおやじじゃないですけどね、とにかく自分のできる最大のことをやり続けようっていうふうに言葉をもらって、自分もそうでありたいなと思っているので、とにかくベストを尽くしたいなと思います。」

 

「帰りの飛行機のなかで、奥様に自分の気持ちを伝えたということなんですけれども、逆に奥様に今後のことで相談を受けるみたいなことはないんですか?」

 

「それはやはりもちろんあるんですけれど、彼女は僕と違って世界一にもなったことがあるし、僕は決してその、今回メダルを獲れなかったとしても彼女はベストを尽くしたと思っているので、とにかく彼女が今後自分の気持ちのなかで決めればいいと思っています。彼女に対しても相談事でどうすればいいっていう、僕が決めることではないし、周りが決める事でもないと思うので、やっぱり金メダルをとるとかメダルを獲るというのは自分の意思が非常に重要になってくると思うので、彼女にその感情がわき上がったときに僕はどちらでも応援したいなと思っています。」

 

「現役続行を決断するなかで、ひざの状態を考えて心の葛藤というか、迷いみたいなものは?辞めるということも含めてそのあたりはどんな感じでいらっしぃますか?」

 

「実際には、僕は今シーズン夏までは非常にいい状態でトレーニングもできていて、練習としては非常によかったんですけど、どうしても痛みがとにかくとれないというのがつきまとっていたので、自分の気持ちのなかではこれ以上続けられるのかどうなのか、きっと引退される選手は、ケガで引退される選手はいろいろそういう部分ってのはあると思うんですけど、僕も同じで、自分がはたしてこれからその、続けることはできても、トップをちゃんととるとか、求めることができる身体なのかっていうのは自分ではなかなか判断ができない状況だったので、そういう意味では帰ってきてからしっかりとドクターとトレーナーとしっかり話しをして、そこに希望があったので、引退ではなく現役という選択をしました。」

 

私「もし、バンクーバーオリンピックでご自分が納得されるような成績が残せた場合、引退をするという可能性はありましたか?」

 

「そうですね。実際は僕は引退しようと、もちろん目標としてソチというのは見てたんですけど、今からたとえば現役続行しますと言いましたけど、次の4年ってまたさらに苦しい4年になると思うんですよね。それも自分でもわかってるので、とにかく自分に与えられたチャンスを今あることに対してベストを尽くしたいと思ってたので、自分の記録を超えることができたら僕はきっと引退していたかもしれないですね。

だけど、今回のバンクーバーでたとえば10位とか20位以内に入るっていうのはそんなにさほど難しいことではないと思うんですけど、とにかく自分の記録を超えるとなると、1本目からとにかくコンマ5以内につけないとメダルのチャンスもないし、そういう選択肢を選ばざるをえなかったレースをしてること自体もけっこう悔しさもあるんで、そういうこともあるので、またわき上がってきた感情があったことに自分でも、自分自身にも感謝しているし、これから続けられるっていう意気込みはありますけれども。」

 

私「右ひざは今も痛いですか?」

「あの、両ひざ痛いです。」

私「左も痛い?」

「はい。」

私「国内とおっしゃってたんですが、ノルアムとかヨーロッパカップに出る予定は2010-11シーズンは考えておられますか?」

 

「もちろんそれを視野に入れたいんですけど、とにかく今必要なことは痛みをなく毎日を暮らすことというか、ただ休むことで得られることじゃないじゃないですか、やっぱりトレーニングをして、ほんとにいい状態、まあ、昔に身体が戻るってことはないと思うんですけど、とにかくそのストレスなくやりきれる状態まで一回スキーを離れてからもう一度のりたいと。それには冬、もちろん雪が降れば当然やりたくなるので、もちろんそれは、だから国内という意味なんですけど、とにかく身体をベストな状態に戻してもう一度挑戦させていただきたいというのが今の気持ちです。」

 

私「日本チームの体制としては、皆川賢太郎選手はワールドカップに出るクラスの選手だと思うんですが、それをあえて国内と選んでいるのはひざの?」

 

「そうですね、本来は一年間を休養に、休養というかな、リペアのために使いたいと思うんですけど、どうしてもポイントのこともありますし、まあ、アルペンスキーっていうのはみなさんどれくらいご存知かわからないですけど、とにかくスタートが早いほうが有利なので、とにかくランキングをあげるっていうのが、維持するっていうのが必要だと思っています。なので、日本の大会には最低限出て、やっぱり自分の状態が良ければそれはもうほんとうにノルアムだったりヨーロッパカップには出たいと思ってますね。」

 

私「いまポイントが11.01で49位。なかなかワールドカップに出ても50番台スタートになってしまう厳しいところだと思うんですが、ファンは期待していると思うので、ぜひ来シーズンどこかでワールドカップに出るくらいの目標を持っていただけると」

 

「そうですね、目標っていうのはやっぱり、一番自分で必要なことっていうのは、今必要な目標なのか、それとも段階に応じて本当の最後に、まあ、朝原選手なんてのはほんとにそうですよね、ずっとやり続けていることによって最後にメダルをとられたんですけど、ほんと人それぞれのストーリーがあると思うんですけど、それはイメージした人間だったり、とにかく求める人間にしか与えられないことだと思うので、僕はもちろん気持ちとしては出たいんですけど、とにかく自分が今やるべき事はなんなのかと考えると、国内が楽ということではなく、とにかく自分の状態を良くして目指しているのはやっぱり、やるからにはいいところにいたいと思うので、そういう意味では状態によっては応じるつもりですけど。ほんとにがんばっていきたいと思っています。」

 

「確認なんですけど、自分の活動について全日本スキー連盟さんと話しをして、たとえば強化指定の問題とかはもう話しがある程度できているのかどうかと、今の所属先なんですが、来シーズン以降も所属先としていくのかどうか?」

 

「そうですね。実際は帰ってきてから自分の気持ちがある程度固まっていたので、とにかくスポンサーさんに今までお世話になったことと、今後について自分の気持ちとしては述べてます。いいこたえというのはいただいていますが、ほんとにそういう状況が訪れるかはまだわかりませんね。だけど、とにかくお金、その強化費ってのはすごく必要なんですけど、まあ一番は自分の気持ちでやるかやらないかというのが一番重要だと思うので、たとえなくてもしっかりと自分でまた営業というかね、スポンサーまわりして活動資金をつくっていきたいなと思っていますし、SAJのほうは僕はランキングとしては多分入っていないと思うので、それはそれなりの評価をしてもらって全然僕はかまわないし、自分でまた一から若手の選手と同じようにまた這い上がっていきたいなとは思います。」

 

「時間になってきましたので、最後の質問にさせていただければと思うんですけれども」

 

「いま身体と精神的な状況というのは100%が全開の状況であれば、今はどれくらいの状況なんでしょうか?わかりやすく。」

 

「精神的には今までとおりというか、また求めようと、メダルを獲りたいっていう、強い気持ちと言霊だと思うので、とにかく自分が思い続けないとその位置には行けないと思ってます。身体としては実際は僕はまだみなさんにはっきり言えるような状態っていうのはちょっとわからないんですけど、とにかくできることからまず始めて、4年でいかにして、結果最終的にこうなりましたというところまでもっていけたらいいんではないかと思っています。」

 

「奥様の存在っていうのは競技を続けるうえではすごく大きな存在なんでしょうか?」

 

「妻の支えも当然必要ですし、彼女が続ける続けない別としても、僕自身をささえてくれるという気持ちではいてくれているので、非常に心強い仲間だなというか、パートナーだなと思いますね。彼女にしかわからないことというか、僕自身の悩みとかは、なかなか痛みを4年間言わなかったこともそうなんですけど、本当のところっていうのはなかなか言えない、みなさんに言えない部分もあったりするんで、そういう意味では本当に支えになっていますね。」

 

司会役の女性「以上になります。よろしいでしょうか。」

 

「ひざの痛みをとるために再手術をする可能性ってあるんですか?」

 

「それも視野に入れて2つの病院のなかで判断してもらって、やっぱりかなり消耗してるんですけど、その分半年以上の期間をあけると非常にいい状態に戻るのではないかということで再手術はしないことになりました。自分のなかでは一応アンチエイジングから体質改善から一度本当に時間がある間にそういうことを行ってからもう一度フィールドに立ちたいなと思います。」

 

「すいません、以上になります。今日はありがとうございました。」 

 

賢太郎「今日はありがとうございました。」

 

以上、記者会見終了。

 

あえて、私の主観はここでは述べません。みなさまのお感じになられたことをコメントいただけましたら、コメント内でお話させていただきます。